沈丁花の「反日は差別なり」

なぜ日韓関係が悪いのか?その原因は韓国の反日にある。 そして反日とは差別であるということを説明します。 その他中国を始めとする国際ネタ。国内政治ネタも少し触れます。 沈丁花(ちんちょうげ)とはブログ主の子供の頃のあだ名です。それ故に決して(じんちょうげ)とは読まないでください。

なぜ日韓関係が悪いのか?その原因は韓国の反日にある。
そして反日とは差別であるということを説明します。
その他中国を始めとする国際ネタ。国内政治ネタも少し触れます。

(サザエさん)カツオの警告 現代では理解されないオチ

  
 

 

1967年のサザエさん

現代では理解されないオチ

唱歌を日本国民に知らしめるべきだ。

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

筆者は昔、朝日新聞のエース記者のファンでした。
 そんなお花畑が、目覚める
キッカケとは?

 

 

 サザエさんの現代では通用しないオチ!

 

朝日新聞の4コマ漫画

 新聞各紙では4コマ漫画が掲載されている。

 有名なものでは読売新聞のコボちゃん毎日新聞のアサッテ君、そして朝日新聞のフジ三太郎などがある。

 

 


その朝日新聞ではフジ三太郎の前に長きに渡って連載されていた4コマ漫画があった。

それがサザエさんだ。

 

 

サザエさんは長谷川町子氏が書いた国民的な漫画。
日本で知らない人はいない、フグ田サザエを中心とするホームコメディだ。

 

 

実は筆者もこの度知ったのだが、
サザエさんは朝日新聞紙上で初めて掲載されたものではなかった。

福岡の地方紙「夕刊フクニチ」にて1946年から掲載された。
その後、紆余曲折があり、1951年から朝日新聞紙上で連載された。

 

そして1974年まで続くことになる

 

 

4コマ漫画はその時の世相を反映している。

そして1967年2月に現代では通用しないオチの漫画が掲載された。

 

 

 それがこの漫画だ。

 1967年2月7日 朝日新聞11面

 きげんぶし

 

  

 

 これはサザエの父 波平と弟カツオの会話だ。


 波平が昔の歌を歌っていると、後ろでカツオが聞いている。

 浪平が振り返り「お前たちは知るまい」と言うと、

カツオは「紀元節(きげんぶし)」でしょ、と言うが、

それに波平は怒って「紀元節(きげんせつ)」と読むんだ、と言う。

 

 

しかし今の人たちが読んでも

何が面白いのかわからないだろう

 

カツオは波平が歌っているのを演歌か何かだと思ったようで、
「○○節」から「きげんぶし」と読んだが、実際は「きげんせつ」が正しい

 

最近(1967年当時)の若い者(カツオ)は、こういう常識がない。

 

こう言いたかったようだ。

 

 

紀元節を「きげんせつ」ではなく「きげんぶし」と読むのは
当時としてはおかしいことだろうが、現代では通用しない

なぜなら「紀元節(きげんせつ)」自体が知られていないからだ。

 

では、「紀元節」って何だろう?

 

 

 

 

 

紀元節の攻防!

 
 紀元節とは初代天皇陛下である神武天皇が即位をした日だ。

 

 毎年2月11日がその紀元節になっていた。
皇室を中心とする明治以降の行事では非常に重要な日とされ、
毎年盛大に祝っていたが、戦後になり、軍国主義との関係を疑われたため、
GHQが紀元節を中止させた。

 

 その後、紀元節を復活させる動きがあったが、おいそれとは復活しなかった。
それは日本国内の左傾化傾向があったからだ。

 

 

 終戦後、GHQ支配下で旧軍国主義的政策には逆風が続いていた。
また民間においても左傾化が進み、軍国主義的なものは排除される傾向があった。

 特にマスコミや教師などはその傾向を強めていた。

 

 

 GHQ支配下でも逆コース(つまり行き過ぎた左傾からの右への揺り戻し)があったが、
国民の間では軍国主義に対する批判は根強かった。

 

 そのため紀元節を復活させようとしても、大きな反発を喰らい、実現できなかった。

 紀元節は吉田政権の時に復活を目指したが、それでも実現できず、
 計9回も法律が廃案になった。

 

 それほどまでに反発が強かったと言える。

 

 

 復活を最初に検討されたのが1951年。そして法案が通過したのが1966年だった。
そして1967年2月11日が復活した最初の紀元節だった。

 
 つまり
この年だ!

 

 紀元節復活の経緯についてはこちらをご覧ください。

 

 

 因みに「紀元節」と言う名称では復活することができなかったので
「建国記念の日」として復活している。

この「建国記念の日」の「の」とは反対派の言い分が
「2月11日が本当に神武天皇の即位式かわからない」というものだったので、
「建国記念日」とはできなかった。

 

それ故に「2月11日に建国した」という意味ではなく、
いつだろうと建国したのは事実だから、建国を記念して記念日を作ろう、
として「の」を入れて「建国記念の日」とした。

 

その意味では妥協の産物だった。

 

 

 

 

 

今では全く忘れられている

 このような経緯があって、そして戦後初めての「紀元節(建国記念の日)」を
目前にして書かれたのが先に引用した4コマ漫画だった。

 

 そう考えるとこの漫画はよくできている。

 

 波平世代には常識だった紀元節の歌詞。
 それに対してカツオ世代(カツオは小学校5年生。この時点では戦後生まれ)では
紀元節自体を知らない。
 波平の歌った調子から「演歌」と認識し、「きげんぶし」と答えているのだ。

 

 

 そういう意味では当時、大人たちの中では喧々諤々に論争が行われていたが、
子供たちは全く与り知らぬことだった。

 

 そしてその傾向は現在でも続いている

 

 この漫画を読んで現代の人たちが、理解できるだろうか?

 

 紀元節を「きげんせつ」と「きげんぶし」と使い分ける意味が理解できるだろうか?

特に波平は正座をして歌っているが、カツオはそれを野球のボールを弄びながら、
ニヤニヤして聞いている。

 紀元節に対する姿勢が全く違っている。

 

 

 このような違いを現代人は理解できないだろう。

 

 

 

 

唱歌・紀元節!

 ところで波平が歌っているのは「唱歌・紀元節」と言い、戦前の生まれの人は小学生でも歌えた。

 そして当然、波平も歌える。

 

 その歌詞はというと

一、雲にそびゆる髙ちほの髙ねおろしに艸も木も

  なびきふしけん大御世を仰ぐけふこそ樂しけれ


二、うなばらなせるはにやすの池のおもよりなほひろき

  めぐみのなみにあみし世を仰ぐけふこそたのしけれ


三、天つひつぎの髙みくら千代よろづに動きなき

  もとゐ定めしそのかみを仰ぐ今日こそたのしけれ


四、空にかがやく日の本の萬の國にたぐひなき

  國のみはしらたてし世を仰ぐけふこそ樂しけれ

 

 

こういう歌詞だ。因みにこのように歌う。歌っているのはダークダックスだ。

 

 

 

 

 しかしこういう歌が伝わっていかなくなるのは悲しい事だ。

 

 何でも無くせば良いというものではない。良いモノは良いのではないか。

 そして日本の歴史と伝統には天皇陛下の存在が欠かせない
その陛下と密接につながりのある「唱歌・紀元節」を
このまま廃れさせても良いのだろうか?

 

 

 もし(考えられないことだが)日本国民の心から
陛下への敬愛の情が無くなったのなら、自然に廃れていくのも仕方がないだろう。

 しかしそうではなく「歌わせない」ということで、伝統を断絶しようとしている。

 

 このような天皇陛下像とは明治時代からできたもので、
古代の天皇陛下はこういう存在ではなかったという意見もあるが、
沈丁花としては全く受け入れられない。

 

 形などどうでも良い。天皇陛下が存在し、我々日本国民との間に
敬愛の情があればそれでいいのだ。
そして天孫降臨から陛下の代々の治世を歌っているこの歌が
この「唱歌・紀元節」だ

 

 天皇陛下に敬愛の情を持っている日本国民が知らなくて良い訳がない。

 

 

ぜひ「唱歌・紀元節」を広めていきたい!

 

 そしてカツオのような子供を少しでも減らしていくべきだ。

 

 

 

筆者は昔、朝日新聞のエース記者のファンでした。
 そんなお花畑が、目覚める
キッカケとは?

 

 

(マスコミが報道しない真実)なぜ戦前のコリアンは日本の河原に住んでいたのか?

 

 

なぜ戦前のコリアンは河原に住んでいたのか?

その理由は家を借りられなかったから。

それではなぜ家を借りられなかったのか?

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筆者は昔、朝日新聞のエース記者のファンでした。
 そんなお花畑が、目覚める
キッカケとは?



 

 

河原に住んでいた戦前のコリアン

 

筆者はもう生まれてから半世紀になる。しかし当然戦前のことは知らない。

しかし筆者の両親は年齢的に戦前のことを知っている。

 

特に筆者の父は東京生まれであり、子供の頃から東京に住んでいる。
また多摩川周辺でアルバイトの経験もあり、当時の多摩川のことを話してくれた。

 

 その父が良く話してくれたのは

当時の多摩川には、朝鮮人がバラックを立てて住んでいた。


  ということだった。

  

 

 この話は昔から話してくれたのだが、当時はほとんど興味もなかった。

 しかし戦後に編集された在日朝鮮人に関係する資料を読んでいる時に、
その父の言っていたことを思い出した。

 

 

 河原に住んでいたコリアン

 

 実は彼らが河原で住んでいたのには理由がある。
それは戦前の日本人とコリアンの間の、大きな問題が横たわっていた。

 

 

以下の資料は言及しない限り、朴慶植(パクキョンシク)編集の

「在日朝鮮人関係資料集成」より抜粋した資料である。

以下赤字は筆者

 

 

 

 

 

なぜ河原に住んでいたのか?

 

 ところで戦前のコリアンはなぜ河原で住んでいたのだろうか?

 それは簡単な話で、住む場所がかったからだ。

 

 

 ではどうして住む場所が無かったのだろうか?

 

 戦後の我々が考えるに、コリアンは差別されていたので、
住む場所を貸してもらえなかったと思うかもしれない。

 

 事実、当時の朝鮮人もこう言っている。

 一視同仁とか、何とか、いって表面は実に結構ですが、
一般人の間に、朝鮮人が同一人格視されて居ないてふ事は、
内地人が朝鮮人労働者に家を貸して呉れない一事によっても明らかである。

 

 と述べている。

 大正13年 大阪市社会部調査課 朝鮮人労働問題

 「在日朝鮮人関係資料集成第1巻 P380より抜粋

 

 

 

 このようにコリアン側からは「日本人が差別して家を貸してくれない」と思っていたようだ。
事実、そのようなケースもあり、「朝鮮人には家を貸したくない」という証言もある。

 

では日本人側はどうしてコリアンには家を貸さなかったのだろうか?
本当に差別心から家を貸さなかったのだろうか?

 

 

 

 

 

日本人が家を貸さない理由!

 

 日本人がコリアンに家を貸さなかったのは事実だが、それには理由がある。
例えば大正15年12月、警保局保安課の資料「在留朝鮮人の状況」の
P208には以下のように書いてある。

 

 朝鮮人ノ借家紛議

 在留朝鮮人ノ借家紛議ハ大正十三年始メテ大阪市ニ於テ発生シテヨリ漸次多キヲ加ヘ 

 

 

 このように日本人とコリアンの間で、大正13年ごろから大阪で、借家問題が起こっていた
つまり家の貸し借りの問題である。

 

 その理由はコリアンの経済的困窮があるが、それはものの一面であり、
他にも大きな理由があった。

 それが先の文章の後半に書いてある。

 

 一面朝鮮人ハ既ニ内地人ト民情風俗ヲ異ニシ又日常生活ハ
不潔無節制ニシテ家屋を汚損スルコト甚シク且多数雑居シ喧騒スル性癖アル等
近隣ノ反感ヲ買フコト多キニ基クモノノ如ク、自然一般家主ニ於テモ
朝鮮人ニ家屋貸与スルヲ嫌忌スルニ至リ、 ~略~

 

 

 このように当時の朝鮮人は日本人から家を借りても

 ・不潔に使い、家屋を毀損させる

 ・大勢で雑居して、大騒ぎする。

  

 といった傾向があり、それ故に日本人は朝鮮人に課さないようになっていったのだ。

 

 

 

 

 

立退料に味をしめる!

 

 このような状況から内地人はコリアンに家を貸さなくなったが、
それに対してコリアンは「日本人名義で」家を借りようとする。
その名義貸しをする日本人も現れたのだ。

 

 そのような場合は、相手がコリアンと分かると、日本人は契約を解除して明渡しを要求するが、
その際に「立ち退き料を請求するケース」もある。

 

 家主ニシテ朝鮮人ナリト判明スルヤ直ニ家屋ノ明渡ヲ要求スルヲ以テ
朝鮮人ハ之ニ対シ常ニ不当ノ立退料ヲ要求シ有利ニ解決スルコト多キカ為メ
益々紛議ヲ馴致スルノ傾向アリ。

 

 

 さらにその立退料を要求する傾向は強まっている。

 

 然ルニ本年ニ入リ大阪市ニ於テハ斯ル趨勢ヲ奇貨トシ
不良分子等ハ之ニ介在シテ事案ヲ一層紛糾セシムルノミナラス
立退料領得ノ目的ヲ以テ詐欺的借家ヲ為スモノ続出スルニ至レリ。

 

 

 このように「立退料目的で」家を借りるコリアンも出てきている。

 

 

 

 戦前の日本に渡って来たコリアンは、日本の状況に不慣れな面もあっただろう。
それ故に日本人とコリアンの間での意思疎通がうまくいかないケースもみられる。

 

 ただしこのような借り家に関する問題は特に大阪や東京などでは頻発しており、
借家問題として社会問題化していた。

 

 

 そうしてコリアン相手に家を貸すと、

 ・金を払わない

 ・家を汚く使われて、家屋が汚損する

 ・集団で住んで、騒ぎを起こす

 

 といったことが見られ、日本人は家を貸すのを敬遠するようになった。
大阪のケースでは一部家主が同盟を作って、「朝鮮人には家を貸さない」と
いった決議までしているところもあった。

 

 

 

 

 

また貸しする!

 

 これ以外にも問題になっていたのは、また貸しのケースである。

 コリアンは日本人から家を借りると、それを元に下宿屋を開業するケースがあった。
もちろん契約違反である


 しかし契約観念が薄い当時の(現在でもそうだが)コリアンは
下宿屋をやって金儲けをする。

 

 大正13年の大阪市社会部調査課作成の「朝鮮人労働者問題」によると、

 来住朝鮮人労働者の中でも、唯、単に家を借り得たてふ一事で、成金になった
といふ話もある位である。即ち家を借り得たものは、早速下宿屋をやる。
さうすると千客万来で、下宿人が増えるといったようなものであったのである。

 

 

 というように、勝手に借りた家で、下宿屋を開業して大儲けする者もあらわれた。
先に書いたように、当時のコリアンに関しては家を貸してくれる人が少なかった

 それ故に家を借りたコリアンが、下宿をやってまた貸しをすると、
それだけで大儲けできたのである。

 

 

 

 

 

大勢で雑居!

 

 ところで先に書いたように、コリアンは家を借りると、大勢で雑居する傾向がある。
そして大勢集まることで、騒ぎを起こし、周辺に迷惑をかける。

 

 ところでどの程度の混雑度合いかというと、
大正13年の大阪市の調査だと、一戸当たり17人強で生活している。

 また畳に換算すると、1畳当たり2.17人となる。

 

 1畳に2人以上生活しているとは、まさに雑居というに相応しい。
このような状態が少なくとも大阪では行われていたのだ。

 


 このような雑居をしたうえで、どのような状態だったのかというと、
これはもう少し後年の大阪市の調査
「1930年 本市に於ける朝鮮人住居問題」によると、

 

家賃の支払いはおろか雨戸、襖、天井板などまでも
燃料として焚く乱暴さを平気でやってゐる。
その上一般に文化的意識の低い彼等は
殆んど例外なく家屋の清潔に対する感受性を持たないために
彼等の家屋は常に不潔な雰囲気内に放任され、
朝鮮人街といへば不衛生地帯なる悪感を想ひ起こさす風がある。

 

 

というような状況だった。

 

  

 

 

 このようなことが重なって、河原で生活するまでになったのである。

 

 例えば1934年(昭和9年)の内務省警保局の「社会運動の状況」によると、
「土地立退紛議」の項で、

 

 鮮人の借家難に照応して、最近都市に於ける公私有の空地
「バラック」を建設居住するもの漸次其数を増加しつつあり、

 

 

 とあって、彼らの借家難が公私有地へのバラック建設につながっていることを示唆している。

 これらはコリアンが借りた家を粗末に扱うことから家主が敬遠した結果である。

 

 

また家主とトラブルになった場合、
大勢を集めて執拗に家主に対して、圧力を開けることもあった。

 

一度紛争議の発生するに於ては不良分子等介在し、執拗に家主に対抗し、
立退料を要求するを常とす。

 

 

さらに、元々家賃の支払い意志の全くないケースがあり、
それどころか立退料目的で契約するケースもある。

 

而して之が解決条件は比較的鮮人側に有利に展開しつつあるを以て
不良鮮人等は当初より家賃支払の意思なく、甚だしきは立退料取得の目的にて借家し、
居住後紛争議手段に愬ふるもの頻出するの傾向あり。

 

 

このような状況の中で、行政においてはコリアンが絡む借家問題を詐欺罪で訴えていた。
なおかつこのような処理を推奨していた。

 

各庁府県に於ては斯る不正手段に基く借家紛争議を絶滅すべく
昭和七年十二月十二日大審院判例(れ)第一四八六号(真実の借家人を秘して
家屋を賃借したる場合と詐欺罪)其他借家紛争に関する刑事判決例に基き、
詐欺、住居侵入、恐喝、横領等の各種犯罪事件として処理しつつあり

 

 

このようにコリアンとの間では、家の貸し借りを通して、多くのトラブルが発生しており、
それ故に日本人はコリアンへの家の貸し出しに消極的になった。
 そのため住宅難になったコリアンは、空地(実際には空地ではなく、所有者は存在する)や
河原にバラックを建てて生活することとなった。

 

 

 

 筆者はコリアンの傾向に、何でも「他人のせいにする」というのがあると思う。
これは韓国で尊敬されている独立運動家の安昌浩(アンチャンホ)が述べた言葉である。

 

 彼はコリアンには2つの悪い癖があり、
1つは「嘘をつくこと」、もう1つは「他人のせいにすること」と言った。

 

 

 この戦前の借家問題を見るに、何でも人のせいにするという傾向が色濃く見える。
日本人も最初から家を貸さない訳ではなかった

しかし家を汚く使われたり、大勢で住み着いて大騒ぎしたり、金を払わなかったり、
挙句の果てに立ち退き料を請求したりすれば、敬遠されても仕方がないだろう。

 

コリアンが住宅難になったのも、彼らが家を粗末に扱ったからだ。
彼らが粗末に扱わず、他の方と同様にちゃんとしていれば、
コリアンへの借家問題などは起きなかったのだ。

 

 

戦前のコリアンの借家問題

これはコリアンの自業自得である。

 

 

 

筆者は昔、朝日新聞のエース記者のファンでした。
 そんなお花畑が、目覚める
キッカケとは?


知らないうちに終っていた 韓国の不買運動!

 

 

韓国の日本製品不買運動

知らない間にっていた

新型肺炎に航空機の日本路線も復活

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筆者は昔、朝日新聞のエース記者のファンでした。
 そんなお花畑が、目覚める
キッカケとは?

 

 

 知らない間に不買運動は終わっていた!

 

 

日韓経済摩擦

日本と韓国の間で過去最悪と言われる状態が続いている。

これは一昨年10月の韓国大法院(最高裁)の徴用工判決に端を発するもので、
その後、日韓は抜き差しならぬ状態に陥っていった。

 

それ以後、慰安婦の日韓合意の財団を韓国が一方的に解散させたり、
自衛隊機に韓国海軍がレーダー照射をしたり、
韓国国会議長が天皇陛下への侮蔑発言をしたりと、

韓国側の挑発行為が続く

 

それに対して日本側は韓国の対応を待っていた。

特に徴用工判決は戦後の日韓関係を根本から揺るがすものなので、
日本政府は韓国政府の出方を待っていた。

そして期待をしていた

 

 

しかし韓国政府は「司法に口出しできない」と称して、一切の解決の努力をしなかった。
そして「日本企業への負担を含めた解決策」を日本側に提示して、当時の河野外務大臣に
極めて無礼だと一喝されることとなった。

 

 

それ以降、日本側も態度を硬化して、韓国側に強硬な姿勢をとるようになった。
例えば日本で行われたG20で日韓首脳会談を行わないという態度に出た

 

 

そしてG20が終了後に日本は韓国に対して輸出管理規制の強化をすると通告。
それに韓国が反発して、日本への不買運動を行うということになった。

 

 

この不買運動が起きたのが2019年7月であり、
 今から約7カ月前となる

 

 

 

 

 

知らないうちに終っていた!

 ところでこの不買運動だが、どうやら知らないうちに終っていたようだ。

 

 例えば自動車販売数は回復していたし

 韓国で人気のユニクロには昨年10月時点で客が戻っているし

 海外旅行先には日本が復活している

 

 さらに若者はやりたくないようだ

 

 

このような状況の中で日本への不買運動などやっていられない状況が起きた。
それは中国発の新型肺炎の世界的な流行である。

 

 

 中国の武漢で起きた新型肺炎は、世界的に、まさに爆発的な勢いで広まっている。
現在、感染者は中国が圧倒的に多いが、日本をはじめ世界中で患者数は急増している。

 

 武漢は周辺に世界各国の工場があり、そのため日本人などが駐在しているが、
肺炎の流行で帰国者が激増した。また彼らの中には既に感染している人もおり、
それからの二次感染、三次感染も確認されている。

 

 

 またこの時期はちょうど中国の旧正月(春節)と重なっており、
地元や海外旅行に行く中国人が激増する。

 そのために世界的大流行に拍車をかけている。

 

 

 このため韓国では中国からの観光客が来ず、また中国への観光客を送ることができず、
苦しい思いをしている。

 

 特に韓国の航空会社は「ドル箱の日本路線」を不買運動の影響で抑制していたところ、
そこに中国路線まで閉鎖することになったのでバブルパンチとなっている。

 

そして最近このような記事が出た。

2020年2月2日の朝鮮日報。

 

韓国LCC 中国路線運休で日本回帰へ=新型肺炎拡大

 

 同社関係者は中国路線の運休について、「新型肺炎拡大への懸念に加え、
中国当局が張家界や三亜などの観光地を閉鎖したため」と説明。収益性と市場性から
代替路線として日本線が浮上しているという。
搭乗率が高く、運航距離が短い日本線はLCCにとって「ドル箱路線」だ。

 

 なんかどさくさに紛れて、知らず知らずのうちに不買運動をやめている。
確かに中国への観光ができなくなったので、航空需要を賄うために
どこかの路線を見つけなければならないが、それが日本路線だったのだろう。

 

 

 しかしせっかく日本路線に振り分けても乗る人がいなければ意味がない。
しかしその心配はないようだ。

 先に引用した記事だけではなく、今回引用の記事でもこのように書いてある。

 

 このところ日本製品の不買運動も下火になっていることから日本線は回復傾向にある。
昨年12月の韓国航空各社の日本線運航便数は約6600便で、前月より16%増えた。
冬休みシーズンに合わせて大阪や札幌、福岡など日本の各都市では
韓国人観光客が目に見えて増えている。

 

 

 もう既に昨年の12月から韓国人の利用者数は回復していた。

 12月はたしかに新型肺炎が広まっていたが、一般には知られていない。
ニュースになったのは1月に入ってからだ。

 

 つまり新型肺炎があったから日本への利用客が復活したのではない。
 それ以前に回復していたのだ

 

 

 韓国では不買運動がキーワードになって、多くの人が参加していたが、
実際には「無理やり」参加させられた人が多かったようだ。

 

 だからほとぼりが冷めると、やりたくない人は早々に離脱していったのだ。
そこに新型肺炎の発生があったので、ドサクサ紛れに航空会社のような企業も
不買をやめるようになった。

 

 

 新型肺炎の裏で、このような事態が進んでいた。

 所詮韓国の不買などこの程度のモノだ。

 結局半年も持たなかったのだから

 

 

 

 

 

 

筆者は昔、朝日新聞のエース記者のファンでした。
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キッカケとは?

 

 

山口二郎の泣き言 左派優位の韓国 左派壊滅の日本

 

 

政治学者山口二郎氏が現状に悲観

左派優位の韓国に嫉妬

結論は単なる泣き言だった。

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筆者は昔、朝日新聞のエース記者のファンでした。
 そんなお花畑が、目覚める
キッカケとは?

 

 

 自分の願望と事実を混同する愚!

 

 

山口二郎の寄稿文

日本を代表する政治学者である山口二郎氏。

彼はリベラルの活動家でもある。つまり左翼だ。

 

その山口氏は韓国のハンギョレ新聞の月1回の寄稿を行っている。

 

ハンギョレ新聞は韓国を代表する左派的新聞社である。

ハンギョレとは「一つの民族」「一つの同胞」という意味で、
民主化を主張して追われた新聞記者が中心となって設立された。

 

そのため保守系の政治家を批判しており、朴槿恵大統領の弾劾を主張する論調であった。
他方、進歩的傾向の文在寅政権は支持しており、一貫してサポートする論調である。

ハンギョレ(一つの同胞)という意味から分かるように、北朝鮮に好意的である。
他方、アメリカなどには厳しい論調で知られる。

 

 

この新聞に毎月1回寄稿しているのが山口氏だ。

 

山口氏は先に書いたように左派的な学者だ。
それ故にハンギョレ新聞とはウマが合うのかもしれない。

 

 

ところでハンギョレ新聞と山口二郎氏とは共通点もあるが、状況はだいぶ違う。
それは日本と韓国における左翼の影響力の違いだ。

 

 

 

 

 

左翼が強い韓国 左翼が無力な日本!

 韓国は左翼が強い。実際に左派の文在寅氏が大統領であることからわかるように、
国民の中にもそういう傾向がある。

 また与党の共に民主党も左派の政党であり、
過半数は持っていないが第一党の地位を占めている。

 

このように韓国では政治的に、そして国民レベルにおいても左派の勢力は強い。
彼らは軍事政権時代に民主化闘争をしていた世代であり、保守派を否定する傾向がある。
また韓国の軍事政権に対抗していたということで北朝鮮に親近感を持ち、
南北統一を熱心に支持している。
(ハンギョレが「一つの民族」「一つの同胞」という所以である)

 

 

 

他方、日本において左派は壊滅的である。

戦後の左派を代表する政党と言えば日本社会党であるが、
彼らは現在、社民党と名を変えて存続している。

しかし国会議員数は衆参で4人であり、一時200名以上の議員を抱えていた政党は
見る影もない。

 

さらに自民党内でもハト派の勢力が減退して久しい。

現在の自民党は安倍一強体制であり、安倍政権はタカ派政権だ。憲法改正を主張し、
「特定機密保護法」や「安全保障関連法」などを成立させ、左派の怒りを買っている。

 

しかし左派は全く対抗できない。なぜなら選挙で勝てないからだ。

 

安倍一強を支えているのは国民だ。国民が一票を入れることで選挙に勝利をし、
そして安倍政権は求心力を獲得している。

安倍政権が選挙で敗北するのであれば、自民党内で安倍下ろしが起きるだろうが、
そうなっていないのは安倍政権の支持率が落ちないからである。

 

 安倍政権を支えている支持率の高さは、現在の野党の不甲斐無さが原因でもある。

 現在の野党は2009年に政権交代をした民主党の後継団体である。
彼らは国民の熱い支持を得て政権交代をしたのであるが、それを見事に裏切った。


 国民はその時のことを忘れておらず、混乱し、政権担当能力の欠片もない野党よりも、
多少問題があっても、しっかりした政策を行ってくれる自民党の支持がいっている状態だ。

 

 現在の安倍一強を支えているのは、野党に希望が持てないからであり、
それ故にその野党を支える左派になおのこと支持が行かない状態になっている。

 

 

 日本の左派は壊滅的だが、韓国の左派は我が世の春を謳歌している。

 そういう意味で対称的である

 

 

 

 

 

左派容認の違い!

 もう一つ日韓の左派に対する違いをあげると、国内での左翼イデオロギーの容認に差があった。

 

 日本は戦争に負け、それ故に軍国主義者や保守系の人物が発言権を失った。
アメリカの庇護下で戦後出発した関係上、左翼主義者が政権をとることは少なかったが、
特に学問の世界(大学等)では共産主義や社会主義の信望者が多数いた。

 そして彼らの影響を受けた学生などが毎年多数社会に排出されていった。

 

 しかしその左派的イデオロギーは冷戦崩壊とともに求心力を失った。
平等な社会であり、労働者の天国であるはずの社会主義国で、深刻な人権侵害が多発し、
なおのこと自由が圧殺される状況に国民の期待は薄れていき、トドメはソ連の崩壊である

 

 ここにきて、日本の左翼の、国民に対する求心力は地に落ちた

 

 

 他方、韓国では冷戦時代に左翼イデオロギーは厳しく弾圧された。

 彼らは反共を国是(もう一つの国是は「反日」)としており、共産主義を教える先生など
ほとんどいなかった。韓国は北朝鮮と対峙しており、朝鮮戦争時には北朝鮮の侵略で
多くの人が傷ついた。

 それ故に国民の中でも反共意識が蔓延しており、左翼イデオロギーを教えることなどできなかった。

 

 そのため日本(他の国でも同様)で共産主義が見捨てられるのを尻目に、
80年代になって資本論を、目を皿のようにして読む光景があった。

 

 日本の左翼は冷戦崩壊で、決定的な敗北をしたが、
それ以前に左翼がほとんどいなかった韓国ではむしろ新しい考えと受け入れられたのだ。

 むしろ民主化闘争を戦い抜いた勝利者として、左派は影響力を行使することができた。

 

 

 そういう違いがあり、日本では左派は壊滅的だが、韓国では左派は強いという状況になっている。

 

 

 

 

山口氏の寄稿は泣き言!

山口氏はハンギョレ新聞(1月19日)に寄稿した。その標題は「東アジアの民主主義」

 

中身は香港の民主化闘争や、先日の台湾の総統選挙、そして韓国で朴槿恵政権の弾劾が
市民の力で行われたことを称賛し、他方日本では安倍政権が君臨していることを批判する。

 

特に最近の支持率調査で、支持率の低下に歯止めがかかったことが気に入らないようで、
「日本は希望を失っている」などと述べている。

 

 

個人的には香港の民主化闘争には敬意を表するし、台湾も立派な民主国家だと思うが、
韓国の状況は全く羨ましくない。

 

韓国では大統領を辞めると逮捕されたり、自殺をしたりと粛清が続く
もちろん彼らは「大統領時代に不正があったから、正すのは当然だ」と主張するだろうが、
それならなぜ

 

大統領に不正が糾弾されないのか?

 

 

例えば2017年の朴槿恵大統領の弾劾は「大統領時代」というかもしれないが、
彼女はかなり求心力を落としていた

 

前年4月の国会議員選挙で敗北。大統領の再選がない韓国の場合、
任期5年の半分が過ぎると急速に影響力が衰える。

彼女の場合既に3年が経過していた。そして選挙敗北が重なった。
弾劾の疑惑が取り上げられるのは選挙敗北の半年後だ。

 

 

このように韓国では権力者が前の政権の影響力を排除しようとし、
他方、自分の求心力を獲得するため権力を私的に乱用する。

現在の文大統領も側近だったチョグク法務庁長官人事が失敗すると、
チョグク捜査に関わった検察官をパージするという挙に出ている。

 

これなど権力の私的乱用の最たるものだ

 

 

日本の左派の代表的人物である山口氏は、韓国で左派の影響力が強いことが羨ましいのだろう。
それ故に韓国を持ち上げ、返す刀で日本を批判しているが、実態は逆で、
韓国こそ未成熟な民主国家であり、日本こそしっかりした民主国家なのだ。

 

台湾や香港は民主主義が定着しており、そういう意味では
日本としてお手本にするべき存在だと思う。しかし韓国はそうではない。

 

つい最近まで大統領をやっていた人物を毎回粛清するなどというのはまともな民主国家ではない。

 

 

山口氏の寄稿は、自身の情けない状況から目を背けるための単なる泣き言であると言えるだろう。

 

 

 

 

 

筆者は昔、朝日新聞のエース記者のファンでした。
 そんなお花畑が、目覚める
キッカケとは?

 

 

日本人の好感度が、韓国と台湾で違う理由!

 

 

台湾総統選挙で蔡英文氏が大勝

日本人の好感度でも台湾は高い。他方、韓国は低い

その理由はやっぱり“あの”ことだ!

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筆者は昔、朝日新聞のエース記者のファンでした。
 そんなお花畑が、目覚める
キッカケとは?

 

 

 韓国と台湾の違いはどこから来るのか?

 

 

 

台湾総統選挙!

1月11日に台湾で総統選挙があった。

台湾は日本政府の見解によると国家ではなく一地方だ。
中国は自国の領土と宣言しているが、実質的には一国と変わらない。

 

筆者も台湾のことは一つの国だと思っている。

 

台湾は面積が約3万6千㎡で、日本(約38万㎡)の約1/10だが、
人口では約2300万人で、日本(約1億2千万人)の1/5という国だ。

 

面積こそ少ないが、人口が2千万人以上いる。アジアではそうでもないが、
ヨーロッパ諸国ではオランダ(約1700万人)、ベルギー(約1000万人)、
ポルトガル(約1000万人)等より多い。

 

その台湾で総統選挙があった。総統とは台湾のトップであり、
英語ではプレジデント(大統領)と表現される。

 

 

総統選の結果は与党民進党で現職の蔡英文氏の圧勝だった

 

報道によると過去最多の800万票以上を獲得。
野党国民党の韓国瑜氏は約550万票だったが、それに対して圧勝した。

また前回選挙では66%程度だった投票率も、今回は74%となり、
国民の強い関心を示した上での圧勝だった。

 

 

因みに争点は中国との距離だった。

野党の韓氏は中国との関係改善を訴えて選挙戦を戦ったが、
蔡氏は中国への対抗姿勢を露わにした。

 

これに香港での民主化デモの弾圧を目の当たりにした台湾人が、強い危機感を持った。
それで蔡氏の毅然とした態度を支持して圧勝につながったという。

 

 

ところで今回、台湾総統選挙のことを指摘したいのではない。

台湾と韓国では、日本人の態度が明らかに違うことに言及したい。

 

 

 

 

 

日本人からの好感度!

 現在、日本と韓国は国交正常化以来最悪と言われている。

そして筆者もそう感じている。

 

 日本と韓国とは1965年に正常化して以来、活発な交流を続けてきた。
普通に考えるとそのような状況が続けば、国民間の関係は良くなると思われる。

 

 ところが日韓では付き合えば付き合うほど悪くなっている。

 数年前は日本における韓国への好感度は高くなっていた。

 韓流ブームなどで韓国のイメージが良くなり、そして韓国への訪問客も多くなった。

 

 それなのに少なくとも最近は、日本人の、韓国への好感度は高くなっていない。
それどころかむしろ低迷していると言えるだろう。

 

 

 例えば最近の調査では、日本人の韓国への好感度は3番目に悪く、
66%が「嫌い」と答えている

 

 因みに「嫌い」の順位で言うと、1番は北朝鮮(82%)、
2番目は中国(71%)であり、その次が韓国だ。
そして北方領土問題を抱えるロシアは4番目(53%)だった。

 

 元々、共産陣営に所属していた「北朝鮮」や「中国」への嫌悪感は当然と言える。
特に拉致問題やミサイル問題を抱える北朝鮮、尖閣諸島での挑発を繰り返す中国などは
「嫌い」の順位としては妥当と言えるだろう。

 

 しかし西側陣営に属し、少なくとも友好関係にあった韓国が3位というのは衝撃だ。
特に比率でみると、中国と韓国の差が5ポイントしか離れていない

 これは深刻な事態だろう。

 

 

 他方、台湾への好感度はこれとは対照的だ。

 「台湾への親しみを感じる」という日本人は約78%になる。
約8割の日本人が台湾へ好感度を持っているのだ。

 

 さらに最も親しみを感じるアジアの国・地域でも台湾は約55%でトップとなっている。
2位はタイ(約16%)を大きく引き離して、圧倒的なトップだ。
因みに韓国は3位(約14%)だった。

 

 

 このように韓国と台湾では、日本人の好感度は段違いだ。

 そして先に韓国への日本人の好感度が非常に低いことを、
筆者は「衝撃」という言葉を使ったが、実はそうでもない

 

 昨今の日本人の韓国への対応を見ていると「さもありなん」と思うからだ。

 

ところでどうして日本人は両者への好感度がこんなに違うのだろうか?

 

 

 

 

 

台湾と韓国への好感度の違いは唯一の理由

 台湾も韓国(朝鮮)も戦前の日本に統治されていた。

 これは両方ともある種の強制があった。もちろん筆者は両方とも合法であるし、
なんら問題ないとは思っている。さらに両者とも発展させたという自負も持っているが、
彼らからすると気持ちの良い体験ではなかったはずだ。

 

 しかし先に書いたように、日本人の、韓国への印象は最悪であるし、
台湾への印象は非常に良好だ。その違いはどこから来るのか?

 

 

 それは反日の

 韓国は日本に対して繰り返し反日をしている。
「慰安婦」「靖国参拝」「旭日旗」「徴用工」等々、
韓国の反日ネタは留まることを知らない。
それに対して日本人が怒りを爆発させ、韓国へのイメージダウンになっているのだ。

 

 他方、台湾では反日行動が全く見られない。

 もちろん個人レベルでは反日行動をとっているだろうが、全体ではそうではない。
むしろ東日本大震災の時の対応など、日本人が感謝する行動がたくさんある。

 

 

 このように反日行動をするかどうかで、韓国と台湾との、
日本人のイメージの差が生まれているのだ。

 

 そしてそれは当たり前のことだ。

 反日とは「日本への嫌がらせ」だ。そんな行動を繰り返し行っていれば、
その国のことを嫌いになることは当たり前だろう。

 

 台湾と韓国に対する日本人のイメージの違い。それは結局当たり前の結論となる。

それは反日の有無

 

 そしてこの傾向が続けば、ますます差は開いていくだろう。

 韓国は「嫌い」に、そして台湾は「好き」に。

 

 まあ、両者とも旧共産圏と対峙しているので、日本やアメリカとの関係は重要だろう。
その一方の当事者(日本)の国民から嫌われるかどうかは、ある面非常に重要と言えるだろう。

 

 そして嫌われることは外交上マイナスになる。そして韓国にとって大きなマイナスと言える。

しかしそれも自業自得と言えるだろう。

 

長年に渡って、反日教育をしていたのだから。

 

 

 

 

 

筆者は昔、朝日新聞のエース記者のファンでした。
 そんなお花畑が、目覚める
キッカケとは?

 

 

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